天璋院篤姫と幕末を旅する 〜みにがいど〜

atsuhime 『天璋院篤姫と幕末を旅する』
(四條たか子著/一水社)

B5判 128P 1047円 ISBN978-4-87076-942-7

島津家傍流の姫君から本家さらに近衛家の養女となり、ついに第13代将軍家定の正室になった幕末のファーストレディ・天璋院篤姫。篤姫の故郷・鹿児島から大奥の江戸城、さらに大江戸・小江戸や幕末ゆかりの下田・横浜・京都など徹底取材。天璋院篤姫49年の生涯を追い、ゆかりの地をクローズアップしながら、その姿を解明してゆく。篤姫ゆかりの史跡をはじめ、観光スポット、グルメ、おみやげ、イベント、最新情報を満載。スタンプを押しながら現地を駆けめぐる!

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ここでは本書のごく一部を紹介!詳しくは買って読んでのお楽しみに!!

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第壱部 篤姫の故郷・島津家の鹿児島へ 1835〜1853年 篤姫生誕〜19歳
篤姫の実家・今和泉島津家の故郷
鹿児島県指宿市スタンプ

篤姫の実父である忠剛は、今和泉島津家当主として指宿の当地を領有していた。JR薩摩今和泉駅に降り立てばボランティアガイドが温かく出迎え、篤姫ゆかりの地へと誘ってくれる。

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今和泉の浜辺
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ガイドと手水鉢
薩摩藩77万石の城下町
鹿児島市スタンプ

篤姫は島津本家の斉彬の養女となって鹿児島城に入った。錦江湾に桜島をバックに望む市内には維新ゆかりの史跡が点在。市電やシティビューなどを利用して観光めぐりを楽しみたい。

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仙巌園と桜島
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黒豚しゃぶ
武家屋敷群と特攻隊の町
鹿児島県南九州市知覧町

篤姫の家とは別の分家・佐多島津家の武家屋敷が残る知覧。石垣の上にある生け垣の屋敷群と庭園が往時を偲ばせる。歩きつかれたら知覧茶とあくまきで一服。特攻隊ゆかりのホタル館や知覧特攻平和会館も立ち寄りたい。

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知覧武家屋敷群
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あくまきと知覧茶
第弐部 徳川将軍家ゆかりの江戸を歩く 1854〜1861年 篤姫20〜27歳
篤姫と大奥ゆかりの江戸城
東京都千代田区スタンプ

徳川将軍の城と大奥で権勢を誇った江戸城。この城を最後まで明け渡さなかったのは天璋院篤姫であった。現在は陛下が住まわれる皇居であるが、東御苑は一般の見学も可能で天守台や大奥の跡などを散策できる。

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巽櫓
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天守台跡
大江戸散策
東京都区内スタンプ

江戸城以外にも都内にはたくさんの江戸の史跡が点在する。山手線をはじめ都区内のJR線では東京支社が江戸をテーマにしたスタンプを各駅に設置しているので、途中下車しながらスタンプを押そう!

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浜御殿(浜離宮)
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増上寺と東京タワー
徳川ゆかりの小江戸
埼玉県川越市スタンプ

“小江戸”と呼ばれる川越は、時の鐘を中心に蔵造りの町並みをはじめとする古い町並みや古社寺が多い。ここはサツマイモの産地でも知られるが、篤姫の故郷・薩摩とも不思議な縁でつながっている。

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一番街・蔵の町並み
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名物うな重
篤姫輿入れ道中
鹿児島〜江戸スタンプ

篤姫が故郷の鹿児島から嫁ぎ先の江戸までは2カ月におよぶ長い道中であった。宮尾登美子の小説では海路で瀬戸内を経て、京都から中山道を経由しているが、史実では陸路で小倉を経て山陽道を行き、東海道経由で下向したという。

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名古屋の春姫道中
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箱根関所
第参部 泰平の眠りを覚ます開国への途 1853〜1860年 篤姫19〜26歳
黒船来航
神奈川県横須賀市スタンプ

嘉永6年(1853)にペリーが最初に上陸した地は浦賀であった。当時は一漁村に過ぎなかった浦賀も「基地の町」に変貌し、よこすか海軍カレーや東郷ビールも名物になっている。

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上陸記念碑と記念館
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当時の灯台・燈明堂
開港の町
静岡県下田市スタンプ

日米和親条約締結後、真っ先に開港されたのは伊豆半島の下田であった。アメリカ人の上陸に最初は戸惑いをみせた日本人だが、次第に文化を吸収するようになった。しかし、唐人お吉の悲劇も生まれた。

atsuhime 黒船サスケハナ号 atsuhime 「魚河岸」金目鯛煮付定食
日本最大の港町
神奈川県横浜市スタンプ

日米修好通商条約締結後、一漁村にすぎなかった横浜が開港され、列国の異人たちが大挙した。横浜は今や350万人を超える大都市に変貌したが、当時を偲ばせるエキゾチックな香りが訪れる人を魅了する。

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掃部山公園・井伊直弼像
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元町・中華街
第四部 幕府崩壊と大奥の終焉 1862〜1883年 篤姫28〜49歳
京都幕末動乱
京都市内スタンプ

皇女和宮が将軍家茂の正室として江戸へ下向した頃、京都は攘夷の嵐が吹き荒れ、“天誅”の名のもとに多くの要人が凶刃に斃れた。最後は徳川慶喜が大政奉還を行い、260年続いた幕府に終止符を打った。

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二条城二の丸御殿
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伏見寺田屋
徳川宗家ゆかりの城下町
静岡市葵区スタンプ

鳥羽・伏見の戦いに敗れた慶喜は、朝敵になるのを恐れて恭順。謹慎のあと、30年近くも当地で過ごした。静岡の徳川宗家は家達が継ぐことになり、天璋院は養育につとめた。

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駿府城巽櫓と東御門
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徳川慶喜弁当(駅弁)
箱根湯治と天璋院死去
神奈川県箱根町スタンプ

明治の世になって天璋院と和宮は仲良しになったが、和宮は湯治先の箱根で他界。天璋院も湯治で箱根を訪れた。天璋院はその後、明治16年(1883)11月20日に49歳で亡くなり、寛永寺墓所にて家定とともに夫婦で並んで眠っている。

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環翠楼の和宮歌碑
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天璋院篤姫の墓(非公開)
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歴史人物の肖像や古写真なども満載!
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